普通の主婦が完全在宅でネットワークビジネスを選ぶまでの道

ようこそ桜井美和のサイトへ。
数限りないサイトの中から、こうしてあなたの目に触れていることに
特別なご縁を感じながら、このページでは私の事を書かせていただきます。

アラフォー新米母さんの私は現在、専業主婦兼在宅MLMワーカーで、
夫と小さな娘と3人でのんびりと暮らしています。

子育てとビジネスに情熱を燃やしつつ、ほんのひと時の息抜きは
今も昔も「ゲーム」ばかり。プレステでも、iPhoneアプリでも。
子どもの頃から大好きで、コソコソ暗い所でやったりしていたのに、
今でも視力は両眼とも1.5なので、ゲームは目に悪影響ではないと信じています。

まぁそんなゆる~い生活を送れている毎日に感謝しつつ、
私の半生をまとめて書きましたので、よろしければお読みください。

20代、人生最初の試練は「原因不明」の病!?

生まれも育ちも、両親もそのまた両親も東京出身。
いわゆる江戸っ子ってやつです。

子どもの頃~学生時代は、まぁ「普通の明るい子」でしたね。
両親の愛情をめいっぱいに受けて育ててもらったと、感謝しています。

勉強はあまり好きではありませんでしたが(^^;)
超スポーツ少女で、体育祭なんかは注目の的でした。
陸上競技の都大会にも出場したり…良い思い出です。

都内の中堅大学を卒業した後、ちょこっと人生に暗雲がかかります。

「非定型顔面痛」というものに生活を支配されてしまったのです。
ちょっと聞き慣れない言葉ですよね。

「日本ペインクリニック学会」なるものによると
【顔面の痛みを生じる疾患の中で、器質的異常所見がなく、三叉神経痛などが
除外された後に残る分類不可能な顔面痛が非定型顔面痛と定義される】

要は「原因不明だけど顔面がめちゃくちゃ痛い」という感じです。

ネットワークビジネス 桜井美和

「非定型顔面痛」と分かるまでには相当な時間がかかり、
最終的に神経節ブロック注射(これがまた痛い!針が太い!)で
快方に向かうまで、30か所以上の病院に行ったことを覚えています。

病院に行くと顔を触られ、余計痛くなるのが嫌なので、
今思うと怪しげな「触らずに治す系」の仙人みたいな医師を訪れたことも。
「触らない」はずなのに…
仙人医師が気を溜めたとかいう変な石で顔をぐりぐりやられて、
痛みに拍車がかかった恨みだけは忘れません(ー_ー)

それ以降は、完治することはなくてもいざという時にはぶっとい注射を打てば良くなる!
と分かった私は、とてつもなく「何か新しい事がやりたい」と思うように。

どうせ完治しないのなら、とことん付き合う!そして「新しい世界」へ

私が選んだ「自分にとって新しい事」それは、音楽活動でした。
もともと歌がうまかったこともあり(自惚れではありません。真実です。)
なんとな~く憧れていた歌手になろうと決めました。

今思うと、何の人脈もなく、よく途中で決心が鈍らなかったな…と思うのですが、
結果的に「非定型顔面痛」後の20代は、バンド活動に全青春を捧げました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここからは主に自画自賛なバンドマンの自分語りになるので、
苦手な方はスルーしてくださいm(_ _)m

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

奇跡的な出会いを何度か繰り返し、
後に最初の夫となるギタリストが率いるバンドに加入、私の眠っていた才能が爆発します。

それまでの私の音楽歴といえば「小学生の頃にエレクトーンを習っていた」
だけでしたが、なぜかやろうと思えば曲が作れる!歌詞が書ける!
本気で「私って天才だったのか!?」と思いましたね(≧▽≦)

私が加入して半年後には、数々のコンテストで賞をもらいまくっていました。

ネットワークビジネス 桜井美和

もちろん、いろいろなところから声がかかりました。
レコード会社・音楽プロデューサー・音楽出版社etc…

私もメンバーも夢見る10代ではなかったので、そこはビジネスライクで。
とある音楽プロデューサーとタッグを組み、セルフプロデュースをすることに。

かなり豪華なレコーディングスタジオで録音し、撮影なんかもして、
〇〇レコードからデビュー・発売日も決まって(地方局ですがテレビ出演なんかも)
よし、スタート!という時に、レコード会社内のいざこざでとん挫してしまいます。

さぁ大変。
メンバーの士気は地に落ちました。

この時すでにバンドメンバーの平均年齢も30歳ほどで、なんていうか
バンドとしては「出し尽くした」感もあり、決まっていた仕事を熟すだけ熟して
バンドは解散となりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまでが自画自賛なバンドマンの自分語りでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

本格活動していたバンドのお話はここまでですが、
音楽の良いところは、売れることを目的にしなければ、
場所と仲間さえいれば、いつでもライブなどができるというところ。

それ以降の私は、音楽活動を「趣味」と捉え、今では
そのうち子どもにもライブを見てもらいたいな~♪という目標を持っています。

結婚→主婦という平凡で平和な日々が一転!

そんなこんなでバンドは解散、元リーダーと結婚をして、私はワーキング主婦になりました。

仕事をして家事をして、私も旦那さんも大の外食好きで、
常連の店が何軒もあり、仕事帰りに待ち合わせをするのが楽しみでした。

そんなある日、旦那さんが喉に違和感を覚え病院に行くとすでに「末期癌」。
(既に2か所以上に癌があり、両方ともステージが高いと診断は末期癌なんですね)
なんとまあ、宣告されてから1年足らずで他界。

この事は未だに記憶が新しいので振り返るほど余裕はないんですが、
本当に本当に本当に本当~~~に、大変でした!

ネットワークビジネス 桜井美和

がん保険には入っていましたが、あっという間にお金はなくなる。
まさに一瞬です。
かろうじて命をお金でつないでいる。
そんな感じでした。

治療中、私は勤めていた会社を辞めました。
周りはとやかく言っていたような気もしますが、
当時の仕事がネットショップ運営者だったので、在宅にシフトしました。

私の在宅ワークの礎になった期間とも言えます。

30代にして大きな試練を超えた時「私の人生は私のもの!」と気付く

また少し月日は流れ「今後の人生、どう生きて行こうか?」と考えました。
子どもも居なく、今思えば全く自由なんですが、周りがうるさかったんですよね。

いや別にどう生きて行こうが私の自由だよな…と思えるまで時間がかかりました。

亡くなった前夫は非常に人望の厚い人で、出会った人がどんどん
彼の「ファン」になるような、そんな魅力的な人間でした。

だからこそ、亡くなった時に、ダ――――ッと離れていく人と
逆にガ――――ッと近寄ってくる人がいて、混乱したのを覚えています。

え?この人私のことずっと支えるとか言ってたけど、去ってってる?
は?この人あまり付き合いなかったけど、めっちゃ懐に飛び込んできてる?

去るもの追わず、来るものは結構拒み、自分の自由に生きて行こう!
と決めるまでに時間がかかったのは、絶対周りのせいだと思っています(笑)

アラフォーで得た家族・子ども・そして自分の未来

その後縁あって今の旦那さんと再婚。
既にアラフォーになっていましたが、子どもにも恵まれ、今に至ります。

本格的に在宅での仕事をするようになったのはこの頃からで、
「子どもとの時間を最優先しながら仕事がしたい」という理由からです。

ネットワークビジネス 桜井美和

今、主婦&ママ兼在宅ワーカーというライフスタイルがとても気に入っています。
それは「全てを自分で決めている」という実感を持ちながら暮らせているからだと思います。

もちろんまだまだ子どもも小さいので子育て中心なんですが、
在宅ワークも上手に生活に組み込んでいけば、「すき間時間」で出来るようになります。

合言葉は
[check]無理なく・無駄なく
[check]すき間時間の超有効活用
です!

365日24時間「自分の時間」なんてない私たち主婦や子育てママ。
※ゲームやってるのはちょっと置いておきましょう(ノω・ヽ)

そんな中でも未来の自分のために今日少しの努力ができる人
なら、完全在宅でのネットワークビジネスは最高のビジネスだと思えるはず!

何歳だって、遅いなんてことはありません。
私もアラフォーになって、自分の、家族の将来のために走り出しました!

あなたも、あなたの人生を自分の思い通りに描いてくださいね♪

ネットワークビジネス 桜井美和